昭和40年7月28日 夜の御理解
信心が身に付いてしまって、絶えず金光様金光様と心の中に唱え続けておらなくても、もう、金光様がこんな、( ? )の中に入ってしまっておってくださっておるというような、おかげを頂いたら有り難い事だと思う。心配がない、不平がない、不足がない、そういうような、あーその境地を目指してお互い信心をさしてもらう為に一つ本気で私共の心の中に絶えず金光様をまず、一つの過程として祈り続けさせてもらわなくてはならないと、または心の中にいつも、心を神に向けておらなければならないと、信心とは和賀心が神に向こうて行くと言う事だと仰いますから。
今日、んー竹葉会でございましたから久留米の井上さんがお届けをしておられました中に、来月の五日ですか、少年少女部会の方達が、あー、こちらは平原公園ですかね、キャンプをするようになっております。その、案内が、あー、もう親宛に青年部の方達の、あれで、もうみんな行っているわけですね。そして井上さんの所にも、二人子供がおりますから、中学生とそれから小学生と、小学生は(?)2年、3年でしょうかね、いうならそのいるんですね。ほんで(?)その二人のその子供が大変喜んでおったところが、もうお父さんが学校から、あの、銀行に勤めておられる銀行から、帰って見えられてからです、(録音不良)姉ちゃんの方は良いけれども、その、娘のほうはいっちゃならんと。あんなこまかつがいきよったら、みんなに迷惑をかけちから、どげなん事あっちゃならんから、お前行くなち。お母さんの方は神様にお願いをして、しかも、信心の篤い青年部の方達がついていってくださるのだから、どこにだれを連れていってやるよりも一番安心だと思っているけれども、お父さんが絶対行っちゃならんと反対をするから、( ? )それでもいっちゃならんと。んでまあ、あんたそんなこというて、神様のおかげで行くとですけん、行ってやったちゃよかじゃないですかと( ? )一生懸命神様に祈らせて頂いて黙っておる。お父ちゃんはああいいよなさるけんで、言う事聞いておきなさいというてから、その、んー、子供をなだめておったとこういうわけなんですね。
ところがその翌日、あの、その、ご主人の従兄弟さんになる方が、あー、引率してです、どこかそこの部落の小学校五年生以上の人を一晩泊まりでそのキャンプにその行くということになっておる。ね。それでその従兄弟さんが言われる事が、あんたげん、( ? )くんもつれていってやろって。学校はまだ五年以上だからいかんのだけれども、あんたげん(?)くん連れていってやろうと、これがまだ大喜びをしたと。ところがお父さんがね一晩どまりならなおすら出来んと。というて怒られたというわけですね。ね、そしてから椛目のほうだけは仕方なかけんで、椛目の方だけはお父さんがいってもよい。許すから、( ? )いわゆるその、奥さんがですね、その、他所で生まれながらですね、なるほどいうちゃならんな、祈らなならんな、祈っておる事が大事だなと言う事を感じたという訳なんですね。本当に初めから、どうぞ、そうありますようにという通りに、おかげを頂いたという話をしたというそれだけの事だけれどもですね、( ? )な事、神様はもう先生方とご一緒だから大丈夫ですとこう、いうたら真っ向から反対されたでしょうけれどもね、私反対する事二人、夫婦の上で口論でもしておったとするとです、次のほうにそういうようなおかげにはなってこないと思うのですね。これは一時が万次にそうなんですね。言わんでも祈れる。ですから本当をいうたら、祈らんでもすむと言う事。ね、祈らんでもどのような事を聞いても見ても、どのような場合でも、ね、心の中豊かに、それを泳がせておれれるようなおかげ、それは、神様の絶対なる働きを信じきってそれであるようなおかげを頂かせて頂いたら、いよいよ有り難い。その後一箇所いよいよ金光様がこの中に入っておって下さっておる時だという風に思うですね。
おかげを頂かなければなりません。